社長挨拶

昭和52年、母(現会長 中堂薗 禮子)が個人創業。
親戚から
「マットモップの仕事をやりませんか」
という紹介を頂き個人でマットモップのレンタル業務をはじめたのがきっかけでした。
母の人柄の良さからかお客さまも徐々に増え、仕事が増えるに連れ人を雇用し、また一人、また一人と増えていきました。
そんな折、地元の公立の高原病院から年間を通して清掃管理をしてほしいとの依頼。
やるかどうか判断に迷ったそうですが、お客様のためになるなら、と清掃の事業に挑戦することにしたそうです。
ビルメンテナンス事業ははじめての為、知り合いの業者さんから色々と教わり、見よう見まねでなんとか形にできてきました。
またその一生懸命な姿を見てくださり他の施設からの問い合わせ、受注も増えていきました。
仕事の幅も増え、いつまでも個人事業ではいけないと思い、20周年にあたる平成8年に有限会社設立。
昭和の時代から平成初期は女性社長だからと馬鹿にされたり下に見られたりする事も沢山ありました。
その度に「なにくそっ。負けてなるもんか」
と自分を発奮し頑張ってきました。
従業員が働きやすくなるようにと就業規則の作成、社会保険・雇用保険加入、退職金制度、自分でも社会保険労務管理士の資格も取得してきました。
また地元の授産施設から
「障がいを持つ方たちにも働く場を提供したい!」
という想いで数名の方を雇用しはじめました。
障がいの程度が軽い方もいれば、手足が不自由かつ言葉を話せない方もいました。
「この子達が活躍できる場所を我が社に作ろう!」
と仕事も必死に頑張ってきました。

清掃と言えば施設やスーパー、事務所などの床清掃、いわゆるワックスかけをメインに行い、他には新築の竣工清掃や中古のハウスクリーニングなども行ってきました。
床清掃ではポリッシャーという機械で床を洗浄し、汚水を回収して、水モップで拭き上げ、最後にワックスをかけます。
ワックスをかけると床がピカピカに光ってキレイになるのですが、月日が経ってくるといつの間にか床が黒ずんできます。
いくら丁寧にやってもどこもそうなってしまう。
「なんでなんだろう?」

そんなタイミングで二代目の自分(現社長 中堂薗 孝二)が入社します。

現場では丁寧に作業しても黒ずんでしまう。
黒ずんでしまうと剥離(ワックスをすべてとる作業の事)が必要ですが、その分の料金は頂いていないので、その作業をするだけでコストアップしてしまいます。
剥離剤が多量に必要になり、作業時間も3~5倍はかかります。
当然その分の人件費もかかり、作業するスタッフも大変です。

「掃除の仕事って大変だなぁ」

当時のボクはそんな事を思っていました。
でも仕事はやるしかありません。
業務がもっと簡単に楽にできないか、と色々なものを使ってみたりもしました。
ただ、こっちではいいけど、こっちでは使えない、など一長一短あるものばかりで改革とまではいきませんでした。

それでも少しずつ光は見えてきました。
二代目として経営の勉強をしていくうちにうちの会社がなくなったら困る方が沢山いるんだと思わされました。
必要としてくれる方は必ずいる。
そしてこの仕事は人がいる限り無くならない。
環境が汚れるとキレイな環境で人は過ごしたいと思う。
ということは定期的に仕事があるということ。
物売りだと一回売ったらそれでおしまいだけどこの仕事は違う。
うまくやれば他の仕事よりもいいのではないかと思いはじめました。

なにより汚れた箇所をキレイにするとピカピカになります。
そうすると自分でもすごく達成感が得られるんです。
またお客様も直にその様子を見られるのでお客様の喜ぶ声がダイレクトに届きます。
お金だけじゃない、喜ぶ声が聞けるってほんとに嬉しい事なんです。
ボクはこの仕事で、清掃という仕事で良かったとあらためて思わされました。

そんな中知り合いの同業者さんからの紹介でナノテックシステムに出会うことになります。
ナノテックシステムの理論の話を聞いていると、今まで疑問に感じていた事をピタリと言い当てられて衝撃を受けました。
ワックスをかけていくとなぜ黒ずんでくるのか、剥離をしなくてもいい、減膜していく、バフをかけるメリットデメリット、剥離剤の環境や人体への負荷。
今までメーカーさんから教えてもらったり同業者さんのを見よう見まねでやってきたけど、なぜ今までのがだめだったのか。
すべて解決できるシステムに思えました。
「もうこれをやるしかない。」
そう強く思いすぐに導入したのを今でも覚えています。

しかし現場では今までとはまったく異なる作業。
当時は他のシステムも入れていましたが、あのシステムのやり方はこう、このシステムはこう、そうしていると自分ばかりではなくスタッフみんなが混乱すると思い、すべてのやり方をナノテックシステムに変える事にしました。
最初は難しかったのですが、失敗を重ねながらも理論を勉強しなおすと、なぜダメなのかがわかるようになりました。

きちんとやらないと結果がでない。

今までは体を使って一生懸命やれば結果がでると思い込んでたこの仕事ですが、やはり頭を使わないといけないと思いました。
それもそうです。
素材がなんなのか、その汚れはどんなものなのか、その汚れにあった洗剤はどう使えばいいのか、また擦るパッド(スポンジ)はなにを使えばいいのか。
コレとコレだけあればOK、というほど簡単なものではありません。
やはり清掃、されど清掃。
きちんとモノを理解した上で行っていく必要があると感じました。

失敗しながらも上手に運用出来てきた頃、本部の方から
「販売代理店になりませんか?」
という嬉しいお言葉をいただきました。
このシステムは絶対にいいものだ、という確信があったボクはもちろん二つ返事で引き受けました。
考えてみるとうちの会社はいいものを取り入れることができたけど、よその会社はいまだ50年前の方法で作業している。
これは自分たちだけがよければいい、というものではありません。
業界全体のクオリティが上がらなければ清掃という仕事がいつまでたっても下に見られてしまいます。

清掃には人々の生活をキレイに保つ役割があります。
割れ窓理論というのがあります。
割れ窓理論とは、「建物の窓が壊れているのを放置すると、誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなくすべて壊される」という理論です。
溢れた空き缶入れも同様な様子が度々みられますよね。
ゴミの山にもかかわらずみんな捨てているからと同じように捨ててしまいます。

床の掃除をするようになったのは瓦礫やゴミ、ホコリ、その中にウイルスなどがあるから怪我をしないように、病気をしないようにとキレイにしはじめたそうです。
それをさらにピカピカにしようとしようとワックスをかけたのに至ります。
かの有名なナイチンゲールも感染を制御するためには清潔にしないといけない、といい清掃にもっとも力を入れたそうです。

このように清掃というのは人々の生活に密接につながっているものなのです。

安かろう悪かろうの時代は終わりにしないといけません。
いい品質を提供し、お客様に満足してもらい、それに対する報酬をいただく。
他の業界では当たり前の事を清掃業界も当たり前にしていく。
それにはナノテックシステムでしか実現できない。
そんな想いを持ちつつナノテックシステムの代理店活動をする事になりました。

ナノテックシステムの代理店活動は今では九州、四国、関西、関東とさまざまな地域の方から問い合わせを頂き、実際にお客様になって頂きました。
我が社は代理店ではありますが施工も兼ねています。
実際にうちで使って良かったものしか紹介していません。
そんな想いが通じたのか今では良好な関係が作れているような気がします。
また、いつでも情報が見られるように会員専用のコンテンツページも作りました。
通常実際の現場で困ったことがあればメーカーさんなりに電話で聞きます。
でもそれってその人しか解決できないんですよね。
そういう困り事ってみんな知りたいし、情報共有したい。
そういう困りごとを解決するページがあるとどんどんレベルアップしていくと思うんです。
そうするとナノテックシステムのメンバーの仕事はさらにクオリティが上がってくる。
最初は些細なことで困っていた事が後半になると質の高いレベルのやりとりになってくる。
我が社が作ったページで質の高い清掃業者さんが増える。
スゴイことだと思います。まだ志半ばですけどね(笑)

また同時にハウスクリーニング事業にも力を入れ始めました。
というのは我が社がある高原町という街は人口9,000人と過疎化が始まっている街です。
当然高齢化が進み人口の1/3は65歳以上となっています。
さきほども言ったように生活する環境が悪いと体にもよくありません。
動ける方はまだいいですが、ヘルパーさんに頼らないと生活できない方も増えてきました。
ヘルパーさんは生活に必要な必要最低限のことしかやってくれません。
利用規約に入っていないのです。
照明の傘にホコリがあるとか、換気扇が汚れているとか、トイレに尿石がこびりついているとか、簡易な清掃はしてくれても生活に支障のない清掃まではできないのです。
我が社はそういった困った箇所の清掃を行い、利用者さんお客さんに快適に生活してもらえるようにしています。
お客様からは
「やはりプロに任せて良かったと思いました。機会があればまたお願いしたいです。」
「細かい所まで気持ち良く綺麗に汚れを落として下さって本当に有難うございました。」
「いらした時から、最後までとても懸命に汚れを落として下さって感激致しました。」
など目頭が熱くなる声を沢山いただくようになりました。

そして我が社が現場で使用している洗剤をお客様にも使って貰おうと、家庭用に向けた洗剤の開発・販売も行ってきました。
クリアシュシュシリーズとしてマルチクリーナー(クリアシュシュ)、油汚れ用クリーナー(グリルクリア)、水垢用クリーナー(ミズアカクリア)など種類に分けて、さらにデザイン製も考えてパッケージも作りました。
ドラッグストアなどによくある激落ち!のようなパッケージではなく、リビングに置きっぱなしでも違和感がないようなデザインにしました。これは自分の奥さん(取締役 中堂薗 歩美)のアイデア、デザインです。
主婦目線からみると洗剤のパッケージってどれもダサくみえるんです。
「もっと可愛くて持ちやすいものがほしい」

こちらが売りたいものを並べるのではなく、お客様がなにを望んでいるか、ここ数年はそれらを意識して商品やサービスを作るようにしてきました。
商品やサービスを作っているとついつい売り手目線になってしまいます。
でもそれってお客さんから見たらどうなんだろう?
つい忘れがちになりますが非常に重要な目線だと思います。
そういう考えをしていると今度はただ清掃すればいいのか、清掃すれば終わりでいいのか。という考えになってきました。

お掃除は手段であって目的ではない。
お客さんが求めているのは快適な生活をする事だ。
と、そう思うようになってきました。
そう考えると我々清掃業者がやることって清掃だけじゃありません。
「お掃除に入ったあとこの箇所をキレイに保つにはこうするといいですよ」
という情報が必要なんじゃないか。
なのでキレイを維持する為の方法を冊子にしてお渡ししたり、SNSやブログ、HPなどで情報発信をし、本当に必要な情報をお客様に届けるようにしました。

お掃除の情報は世界中にあふれています。
個人でも発信できる時代になったからこそ、間違った情報も沢山あります。
我々はプロとしての情報を発信する事により、そこはこうだけど、ここはこうですよ、という正しい知識を伝えられるようしています。
それが我々清掃業者としての本来の役割なんだと思います。

我が社の経営理念にこうあります。
・キレイを創造し人と人とのふれあいを大切にする地域づくりに貢献します。
清掃を通してあなたのお役に立てるよう、そして地域になくてはならない会社になるようこれからも頑張っていく所存です。

有限会社クリンシア 代表取締役 中堂薗孝二

経営理念

「きれい」を創造し、人と人とのふれあいを大切にする地域づくりに貢献します
              一、私たちは、優れた技術と誠意あるサービスを提供しお客様に喜んで貰います
              一、私たちは、人間性を高めあい力を結集し個性を発揮しあいます
              一、私たちは、自分たちの仕事に誇りを持ち豊かな人生を実現します

沿革

昭和52年11月  高原町の自宅にてマットモップレンタル業として創業

昭和57年  8月  ビルメンテナンス事業開始

平成  3年  6月  業務拡張に伴い本社移転(高原町宮崎銀行となり)

平成  8年  9月  有限会社リースキン中堂薗として法人設立

平成13年  6月  道路拡張に伴い社屋移転(高原町西麓335-2 現在地へ)

平成14年  3月  エアコンクリーニング事業開始

平成23年  3月  中堂薗孝二 代表取締役に就任

平成25年  5月  オンラインショップ開設

平成26年  6月  ナノテックシステムフロアメンテナンス施工を開始

平成27年  6月  ナノテックシステム販売代理店開始

平成27年10月 アルカリ電解水クリアシュシュ販売開始

平成28年  8月 除菌消臭水 除菌JIA+販売開始

平成30年  5月  有限会社クリンシアに社名変更

メディア・講演実績

講話依頼      宮崎県中小企業家同友会県北支部経営体験報告 (2011年9月)

ラジオ出演    MRT明日が見えるラジオ(2012年5月)

講話依頼      宮崎大学「中小企業と宮崎」(2012年12月)

テレビ出演    BTVケーブルテレビ 南九州トップの顔 (2013年5月)

講話依頼      宮崎県中小企業家同友会きりしま支部経営体験報告 (2013年6月)

主張大会      宮崎県商工会青年部連合会 若い経営者の主張大会 優良賞(2014年5月)

テレビ出演    BTVケーブルテレビ「マーボーとーふー」(2014年)

テレビ出演    ミセスマートTV(2015年3月)

講話依頼      創業塾 講話依頼 (2016年8月)

講話依頼      高原町就学指導委員会「障害者雇用について」(2017年6月)

講話依頼      創業塾 講話依頼 (2017年8月)

執筆依頼      ビルクリーニング2019年5月号 特集記事掲載( 2019年5月)